【所縁の史跡】楯縫神社(兵庫県養父市・豊岡市)

 

楯縫神社 [地図]

兵庫県養父市建屋に鎮座する楯縫神社です。

『延喜式』神名帳の但馬国養父郡に、「楯縫神社」がみえます。
鎮座地の建屋(たてのや)は「和名抄」所載の養父郡建屋郷の遺称地。楯縫(たてぬい)と関係して生まれた地名でしょうか。

持統三年の創立を称するようです。

祭神は彦狭知命。
神代紀下の第九段第二の一書に作盾者として登場する神です。

長野一雄氏の「物部氏と出雲」のように、各地の式内楯縫神社を物部氏の活動の痕跡として捉えて論じる方もいます。
但馬国の場合はどうだったんでしょうか…

境内には、高さ4mほどの大きな燈籠がありました。
文久元年の奉納のようです。


斎神社 [地図]

兵庫県養父市長野に鎮座する齋神社です。

祭神は、天太玉命、手置帆負命、彦狭知命。

天平二年の創立と伝えられるそうです。

四月には、往復40kmの道のりを練り歩く「お走り祭り」があり、拝殿に奉納された絵馬から、その江戸期の様子をうかがうことができます。
祭りの由来の神話には、斎明神は土木の神として描かれます。

本殿の真裏は、小さな滝のようになっていました。

境内社に楯縫神社があり、こちらが但馬国養父郡の式内楯縫神社の論社になっています。


楯縫神社 [地図]

兵庫県豊岡市日高町鶴岡に鎮座する楯縫神社です。
『延喜式』神名帳の但馬国気多郡に、「楯縫神社」がみえます。

明治には多田屋村字山口に鎮座したことが『特撰神名帳』などから知られますが、その後は井田神社に合祀され、昭和二十二年に再び分離し、現在地に社殿が建立されたようです。

祭神は彦狭知命。
楯縫氏の祖神とされます。

また、1947年合祀の八幡宮の神(誉田別命、息長足姫命)も祀られます。

境内の碑には、「白鳳時代、今から千三百年の往昔、出雲国から丹波国を経て当国で栄えた楯縫連が遠祖彦狭知命を楯屋丘多田谷にまつる。西暦一九四七年、此地に遷座奉祀す。」とありました。

境内社には稲荷神社がありました。祭神は保食神。

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